心引き締め 進むことになり
今日は、日本語の漢字が持つ深い響きから、希望と絶望の意味を静かに見つめ直してみます。
「希望」は、ただ楽しい未来を思い描く言葉ではないのかもしれません。
これを「望みは希である」と読むならば、望みがあるからこそ、軽々しく構えるのではなく、心を引き締めて進むべきだという戒めが含まれているようにも感じられます。
順調な時ほど、人は油断しやすいものです。
しかし、希望を持つとは、ただ安心することではなく、むしろ慎みをもって歩みを整えることでもあるのでしょう。
絶景ありと 信じて歩め
一方で「絶望」という言葉も、ただ暗さだけを意味するものではないように思えます。
これを「絶えない望み」と読むならば、どれほど厳しい状況の中にあっても、なお消えない願いが人の内に残っていることを教えてくれます。
苦しい時に必要なのは、派手な勇気ではなく、誠意を尽くして歩み続けることなのかもしれません。すぐに答えが見えなくても、その歩みの先には、やがて景色が開けてくる可能性があります。
いま世界では、本格的な戦争が始まり、
多くの人が不安と緊張の中に置かれています。
日本に暮らす私たちにとっても、その影響を避けて通ることはできず、先行きの見えない現実に心が揺れる場面は少なくありません。
経営者としても、自分の努力だけでは解決できないことがあるという現実を、改めて感じる時代に入っているのでしょう。
だからこそ、希望と絶望を単純に分けて考えるのではなく、その両方の中にある真意を汲み取る姿勢が、今いっそう大切になっているように思えます。
希望と絶望は、まったく反対のもののように見えながら、実は遠く離れた存在ではないのかもしれません。
順調な時には自らを戒め、
苦しい時には望みを捨てずに進むこと。
その両方を一つの言葉の中に含んでいるところに、日本語の持つ奥深さがあるように感じます。
順調な時には心を引き締め、苦しい時には望みを絶やさず歩み続けること。
その姿勢こそが、どんな時代においても人を支えてくれる力なのではないでしょうか。


















