不動の境地 得られるものぞ
本日の道歌は、これまで積み重ねてきた経営思想の流れを、静かにひとつへと結び直す一首です。
世の中の森羅万象は、陰と陽という両面によって成り立っています。
夜と昼、生と死、男と女、知恵と知識。あらゆるものは対立しているようでいて、実は互いを補い合いながら存在しています。
その普遍の真理を経営に引き寄せたとき、見えてくるのは「知識だけでは足りない」という現実です。経営とは、知識と真理が調和してはじめて、揺るがぬものへと近づいていくのではないでしょうか。
本文では、陰陽は対立するものではなく、互いに補完し合う存在であると語られています。
しかし現実の世の中では、「あれが正しい」「これが悪い」と一方的に決めつけることで、多くの争いや矛盾が生まれています。
それぞれの立場から見れば、自分は正しいと信じています。だからこそ対立は深まり、争いは長引きます。戦争が終わらない現実にも、その構造はそのまま表れているように思えます。
経営においても同じです。知識や分析は必要ですが、それだけであらゆる問題が解決するわけではありません。
知識では切り分けられても、救えない悩みや越えられない苦しみが存在します。そこで必要になるのが、陰陽のように双方を受け入れ、調和を探る視点です。
知識では説明できても、心が納得していない問題を、調和の視点で見直す余地はないでしょうか。
ここまで積み上げてきた流れを振り返ると、経営者の品性、責任の果たし方、実務の現実、組織との調和、そして人生の充実や童の心へと、思想は段階的に深まってきました。
そして最後にたどり着いたのが、
「知識と真理の調和」という統合の地点です。
知識は、現実を分析し、分解し、判断する力です。一方で真理は、分かれて見えるものの背後にあるつながりを見抜き、受け入れ、統合していく力です。経営とは、この両方を失わずに持ち続けることなのだと思います。
そしてその先にあるのが、不動の境地です。何も感じなくなることではなく、何が起きても大きく揺さぶられず、安心の中で判断できる心の中心を持つこと。
そこに、東洋思想と経営哲学と人生哲学がひとつに結ばれた最終到達点があるのではないでしょうか。


















