真に実のなる 結果指すなり
昨日の祝い日に際し、私事にもかかわらず、多くの皆様から温かいメッセージをいただきました。
また、道歌を楽しみにしているとのお声も頂戴し、大きな励みとなりました。
本日の道歌は、その感謝の思いを胸に、改めて「真実」とは何かを見つめ直す一首です。
私たちは日常の中で、「真実は正しい」という言葉を自然に受け止めています。しかし、その言葉を深く見つめると、本当にそう言い切れるのかという問いが生まれてきます。
「真実」という言葉を文字通りに見つめると、「真に実のなる結果」という意味が浮かび上がってきます。
これは、単に正しいか間違っているかを判断する考え方とは少し異なります。
世の中の争いの多くは、それぞれが自分の真実を主張することから生まれます。
その人にとっての真実は、その人の経験や立場、思いによって形づくられます。
そう考えると、真実は一つだけではなく、人の数だけ存在すると言えるのかもしれません。
だからこそ、真実を主張し合うことが、時に争いの原因となってしまうのです。
本当に大切なのは、嘘か本当かを争うことではなく、互いが調和して生きる道を見つけることなのかもしれません。
人間社会における真実とは、嘘か本当かという対立の中にあるのではなく、調和の中で生きることそのものにあるのではないでしょうか。
一つの正しさに固執すると、相手の真実は見えにくくなります。
しかし、互いの立場や思いを理解しようとするとき、そこには争いではなく、実りへ向かう道が生まれていきます。
そのために必要となるのが、知識を真理によって生かす「知恵」です。
知識を深めることは大切です。しかし、それをどう生かすかによって、結果は大きく変わります。
知識が争いの道具になるのではなく、調和を生む知恵となること。
その学びを、これからも皆様と共に続けていきたいものです。


















