真理知り得て 心震える
本日の道歌は、「道歌とは何か」という問いそのものを見つめた一首です。
昨日の陰陽思想講座の中で、参加者の皆さんと、それぞれ道歌を作ってみようという約束をしました。
大変嬉しい出来事であり、道歌というものを改めて考えるきっかけにもなりました。
その際、「短歌」と「道歌」は何が違うのか、という話題になりました。
短歌は、その名の通り「短い歌」と読むことができます。
では、道歌とは何でしょうか。
「歌」という文字を眺めていると、「可」と「可」が重なり、欠けることなく繋がっている姿のようにも見えてきます。
「可」とは、物事を認め、許すことです。
つまり歌とは、互いを認め合い、欠けることなく重なり合う姿を示しているのかもしれません。
そして「道」とは、心と心を繋ぐ生き方そのものを表しているように感じられます。
そう考えると、道歌とは単に言葉を並べるものではなく、許しと受容を通じて、心と心を結んでいく行為と言えるのではないでしょうか。
本当に大切なのは、言葉によって互いを認め、心と心を繋いでいくことなのかもしれません。
陰陽思想を突き詰めていくと、「あれも良い」「これも良い」という考え方へと行き着きます。
その視点に立てば、争いは生まれにくくなり、穏やかな毎日へとつながっていきます。
一方で、知識の世界では「あれが良い」「これが悪い」と判断し、区別をつけようとします。
その判断は必要な場面もありますが、行き過ぎると対立や争いを生みやすくなります。
道歌を作るということは、単に五・七・五・七・七に言葉を整えることではありません。
真理を探求し、言葉を通じて人と人とを繋いでいく行為です。
そして、真理にふれた瞬間、言葉は心を震わせるものへと変わっていきます。
その喜びを、これからも皆様と共に味わっていきたいものです。


















