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道歌とは何か|真理を探求し心と心を繋ぐ言葉の道

道歌を通じて心と心が穏やかに繋がる学びの場のイメージ

◆ 令和8年5月8日 金曜日 今日の道歌
道歌とは 可と可欠けずに 繋ぐ道
真理知り得て 心震える
 

本日の道歌は、「道歌とは何か」という問いそのものを見つめた一首です。

昨日の陰陽思想講座の中で、参加者の皆さんと、それぞれ道歌を作ってみようという約束をしました。

大変嬉しい出来事であり、道歌というものを改めて考えるきっかけにもなりました。

その際、「短歌」と「道歌」は何が違うのか、という話題になりました。

短歌は、その名の通り「短い歌」と読むことができます。

では、道歌とは何でしょうか。

道歌とは、言葉を通して真理を探り、人と人の心を繋いでいくための道なのかもしれません。

「歌」という文字を眺めていると、「可」と「可」が重なり、欠けることなく繋がっている姿のようにも見えてきます。

「可」とは、物事を認め、許すことです。

つまり歌とは、互いを認め合い、欠けることなく重なり合う姿を示しているのかもしれません。

そして「道」とは、心と心を繋ぐ生き方そのものを表しているように感じられます。

そう考えると、道歌とは単に言葉を並べるものではなく、許しと受容を通じて、心と心を結んでいく行為と言えるのではないでしょうか。

道歌は、正しさを競う言葉ではなく、心と心を調和へ導く言葉の道です。
― 読者への問い ―
あなたはいま、言葉を人と争うために使っていないでしょうか。
本当に大切なのは、言葉によって互いを認め、心と心を繋いでいくことなのかもしれません。
視点① 短歌と道歌
短歌は短い歌として読むことができます。一方で道歌は、生き方や真理を言葉に込める歌として深めることができます。
視点② 可と可の重なり
「可」は認め、許すこと。可と可が欠けずに重なる姿に、受容と調和の意味が見えてきます。
視点③ 陰陽思想の調和
陰陽思想を突き詰めると、「あれも良い、これも良い」という受容の視点へ向かいます。
視点④ 真理と心の震え
道歌を通して真理に触れたとき、言葉は知識を超え、心を静かに震わせるものになります。

陰陽思想を突き詰めていくと、「あれも良い」「これも良い」という考え方へと行き着きます。

その視点に立てば、争いは生まれにくくなり、穏やかな毎日へとつながっていきます。

一方で、知識の世界では「あれが良い」「これが悪い」と判断し、区別をつけようとします。

その判断は必要な場面もありますが、行き過ぎると対立や争いを生みやすくなります。

道歌を作るということは、単に五・七・五・七・七に言葉を整えることではありません。

真理を探求し、言葉を通じて人と人とを繋いでいく行為です。

そして、真理にふれた瞬間、言葉は心を震わせるものへと変わっていきます。

その喜びを、これからも皆様と共に味わっていきたいものです。

道歌とは、真理を知り、人を許し、心と心を繋ぐための言葉の道です。
― 今日の一言 ―
道歌は、真理を探り、許し合い、心と心を繋いでいく言葉の道です。
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