さらに加えて 導歌ありかと
昨日は、老子の説く「道(タオ)」について取り上げました。
改めて、「道」というものの奥深さを感じさせられる一日となりました。
これまで約十か月にわたり、毎日「道歌」を作り、配信してまいりました。
しかし、改めて考えてみると、本当の意味で「道」を悟っていない凡人である私が、「道歌」と名乗ることには、少々おこがましさもあったのではないかと感じるようになりました。
ただ一つ、「経営の本質へ導く」という点については、少しばかりの自信を持っております。
そこで本日より、「経営の本質に導く歌」として、新たに「導歌」と呼ばせていただきたいと思います。
これまでの未熟さや傲慢さには、どうか目をつぶっていただき、今後ともお付き合いいただければ幸いです。
名前を変えることは、単なる表記の変更ではありません。
自分の立ち位置を見つめ直し、より本質に近い言葉へと整えていく行為でもあります。
大切なのは、名乗ることではなく、本質へ向かい続ける姿勢なのかもしれません。
導歌は、「世の万物はすべて陰陽両面によって成り立っている」という陰陽理論を基盤にしています。
そこへ、日本語が持つ哲学性を融合させながら、経営の本質へ近づいていくものです。
短歌があり、道歌があり、さらに導歌がある。
それは、言葉の形式を増やすことではなく、目的をより明確にするための歩みでもあります。
本当の学びとは、自分の未熟さに気づきながらも、そこで歩みを止めないことです。
名前や形にこだわるのではなく、本質へ導くことを大切にすること。
その姿勢が、やがて人を導き、支え、繋いでいく力になるのではないでしょうか。
これからも、皆様と共に学び、探求を続けてまいりたいと思います。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
古川益一 拝


















