身に使わるる 人の多さよ
一般に「健康が第一」と言われます。それは確かに大切なことですが、さらに静かに見つめてみると、人を本当に支えているのは、心の健やかさではないかと思わされます。
身体が思うように動かないときでも、心が明るさと落ち着きを失わなければ、人はなお前を向いて生きていくことができます。
反対に、身体が健やかでも心が乱れてしまえば、日々の幸せは見えにくくなってしまいます。
そのことを強く感じさせてくれるのが、困難の中でも挑戦を続ける人々の姿です。
とりわけパラリンピックの選手たちには、身体の条件を超えてなお前進していく心の力が、静かに、そして確かに表れているように思います。
道歌では、「身はしもべ」「心は主人」と詠まれています。
これは、本来は心が生き方を導き、身体はそれに従うものであるという順序を示しているのでしょう。
けれども現実には、疲れや欲や不安に心が引きずられ、身体の都合に振り回されてしまうことがあります。そうすると、本来主人であるはずの心が後ろに退き、身に使われる生き方へと傾いてしまいます。
だからこそ必要なのは、身体を軽んじることではなく、心を主として整えながら身体もまた丁寧に扱うことです。
心と身体は対立するものではなく、主従の秩序を保ちながら支え合うものなのだと思います。
その本来の順序を見失わず、両方を大切にするところに、穏やかな生き方の土台があります。
心を整えることは、特別なことではなく、日々のものの見方や受け止め方を整えていくことでもあります。
そしてその心に支えられて、身体もまた本来の働きを取り戻していくのではないでしょうか。
心を主として整え、身体もまた丁寧に扱うこと。
その静かなバランスの中に、穏やかで幸せな人生の道が開かれていくのかもしれません。


















