童(わらべ)の心 忘れぬ人か
本日の道歌は、経営や再建の話をさらに深いところまで進め、人が最後に目指すべき心の在り方を静かに示しています。
人生経験を重ねるほど、人は知識を持ち、判断力を身につけ、さまざまな出来事を乗り越えていきます。しかしその一方で、どこかで失いやすいものがあります。
それが、童のような素直さ、無邪気さ、そして心の軽やかさです。
本文では、旅館での楽しいひとときの中で、「童の心を大切にしよう」という話題が大きく盛り上がったことが語られています。
その空気感そのものが、すでにこの道歌の答えを示しているようにも感じられます。
人は年齢を重ねるにつれて、過去の人生が長くなり、これからの人生は短くなっていきます。だからこそ、これから先の人生では、過去を悔やむよりも、「あれも良かった」「これも良かった」と受け止めながら歩んでいくことが大切なのだと思います。
成功も失敗も、長い人生の中で見れば絶対的な差ではありません。むしろ、その後をどう生きるか、どんな心で次の一歩を踏み出すかの方が、はるかに大きな意味を持つのではないでしょうか。
過去をすべて肯定しながら、もう一度軽やかに歩き出すことはできないでしょうか。
ここまでの思想の流れをたどると、経営の話はいつしか人生の話へと変わり、人生の話はさらに心の話へと深まってきました。
そして最後にたどり着いたのが、「童の心」という最もやわらかく、最も強い場所です。
経営の目的が人生の充実にあり、その人生の充実が心の在り方にかかっているとすれば、最後に問われるのは、どれだけ持っているかではなく、どのような心で生きているかということになります。
童の心を忘れないこと。それは幼さに戻ることではなく、過去を肯定し、失敗を引きずりすぎず、人生を新しく受け取り直す力を持つことです。
そこに、経営思想が人生哲学へと昇華した最後の着地点があるのではないでしょうか。


















